未だに遠い家から通ってる森嶋です。いじりしろを増やせるよう面白い人間になろうと思います。実家勢で生活費がかからない生活をしている僕ですが、大学に入ってからずっと金欠です。今回は僕のアルバイトについて書こうと思います。
1回生の4月、これから始まる大学生活に期待を膨らませていた僕は、平日にバイトをして、土日は遊んで過ごそうと考えていました。しかし、世の中の多くの大学生とは違い、僕は大学までの通学に2時間半もかかります。そこで、授業が終わってからでも働ける深夜帯のバイトに目をつけ、地元の焼肉屋でバイトを始めました。この焼肉屋のバイトは、とにかく楽でした。僕のシフトは21時から閉店までということが多く、21時を過ぎるとお客さんはほとんど来ません。たまに来店があっても、注文されるのはスープなどの簡単なものが中心でした。そのため、メニューの内容をほとんど覚えないまま、ひたすら皿洗いをしながら店員同士でおしゃべりをするという、非常に楽な時間を過ごしていました。しかも深夜帯なので時給も高く、「これは当たりのバイトを見つけた」と思っていました。ところが、5月にラグビー部への入部を決めると、状況は一気に変わりました。月曜日と金曜日のオフの日にバイトを入れると、仕事が終わるのは深夜1時頃。そこから家に帰り、朝6時には朝練に向けて家を出なければなりません。まさに地獄のような生活が始まりました。その結果、徐々にバイトに入る回数も減っていき、最終的には月に1、2回しかシフトに入らなくなりました。そして秋には、ほとんど働かないまま、その焼肉屋のバイトを完全に辞めることになりました。
焼肉屋のバイトを辞めたのはいいものの、働かなくなれば当然お金は減っていきます。徐々に貯金がなくなっていき、「さすがに働かなければ」と思い、タイミーを始めました。家から自転車で40分ほどのところに物流センターがあり、そこでよく働いていました。仕事内容は、トラックから荷物を下ろしたり、荷物を梱包したり、個数を確認したりと、比較的単純な作業が中心でした。最初は少し大変でしたが、慣れてしまえば何も考えずにできる仕事だったので、「タイミーも意外と悪くないな」と思うようになりました。また、タイミーでは毎回一緒に働く人が違うのも面白いところでした。学生や主婦、おじいちゃんなど、普段ならあまり関わることのないような人たちと一緒に働き、休憩時間などに話をするのも楽しかったです。しかし、そんなタイミー生活も長くは続きませんでした。あるとき、タイミーで働いていた人が事故を起こしたことをきっかけに、募集枠が減少し、社員の監視も以前より厳しくなっていきました。そうなると、以前のように気軽に応募することもできなくなり、次第にタイミーに応募すること自体が億劫になってしまいました。
タイミーで働かなくなると、当然またお金は減っていきます。そこで、「そろそろちゃんと働かなければ」と思い、以前友達が「個別教室の講師バイトは楽しい」と話していたことを思い出し、冬オフから個別教室でのバイトを始めました。実は、個別教室のバイトには以前から興味があり、焼肉屋を辞めたときにも一度応募していました。しかし、そのときはあまり募集がなく、働くことができませんでした。今回は、卒業などで辞める大学生が多く、人手が必要になる時期ならいけるのではないかと思い、改めて応募しました。実際に働き始めてみると、個別教室のバイトはとても楽しいです。教える生徒の幅も広く、小学生から高校生まで、学校の授業についていくことを目指している子もいれば、本気で難関校を目指している子もいます。お喋りな子もいれば、こちらから話しかけないとほとんど話さない子もいます。そんなさまざまな生徒と話をすること自体が楽しく、毎回違った発見があります。もちろん、楽しいことばかりではありません。それぞれの生徒に合った授業をするのは思っていた以上に難しく、学習計画や成績について塾長から叱られることも少なくありません。それでも、「この子にはどう教えたら分かりやすいだろう」と考えながら試行錯誤することには、大きなやりがいを感じています。何より、授業を重ねる中で生徒たちの顔や性格が分かっていき、少しずつできることが増えていく姿を見られるのは、このバイトならではの楽しさだと思います。焼肉屋、タイミーといろいろなバイトを転々としてきましたが、今のところ個別教室が一番自分に合っている気がします。あとは、このバイトだけはこれまでのバイトのように飽きたり面倒になったりせず、長く続けられることを祈るばかりです……。
次は黒山くんです。彼の魅力は会わないと伝わらないので、早く宇治でまた彼を見たいです。

