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ホームページをご覧の皆さん、こんにちは!
本日は引退コメント企画第3弾として、4回生5人の引退コメントを掲載させていただきます!
思い出の写真とともにお読みください!
吉田篤生
自分の大学生活のほとんどをラグビーが占めていたのだと引退して改めて実感し、少し寂しさも感じます。
大学に入った当初は自分が体育会のラグビー部に入ることになるなんて全く思っておらず、2年生まではコロナ渦で活動の制限された医学部ラグビー部に所属し、4人ほどで鴨川の川原でラグビーの練習をしていました。
そのような状況を見かねてやってきたのが京大ラグビー部で、初めて来たときにきれいなグラウンドで大人数で練習できることがいかに幸せかを実感しました。最近では当たり前のように感じていたが、かなり恵まれた環境だったなと感じます。コロナが流行していなければ、ここでラグビーをすることもラグビー部のみんなと知り合うこともなかったと考えるとかなり幸運な巡りあわせでした。
ラグビー部では人にも恵まれていました。同期はものすごく頑張る人が多く、そのおかげで入部して最初の1年は右も左も分からずただ宇治にきてラグビーをしているというような感じだった自分も、体づくりをしたり目標をもってラグビーをするようになったし、後輩は明るくラグビーを楽しんでいる人が多く、試合やチームランで一緒に盛り上がれるのが何より楽しくモチベーションになっていました。Bチームで試合に出ることが多く後輩とプレーする機会が多かったのは今となってはすごく良かったし、来年活躍できることを願って応援しています。
伏見玲於那
引退の日からまだ1ヶ月弱しか経っていないと知り驚いています。宇治に通っていた日々に比べて、今の生活がとてもゆっくり進んでいるということなのでしょうか。
僕は大学3年の春に入部しました。医学部ではコロナでの活動制限が厳しかったのでそれが転機となりました。
最初練習を見学した時、全員とても上手で驚いた記憶があります。それまでほぼずっとフォワードをしていたので、バックス顔をしてみんなについていくのは正直きつかったです。それでも、後輩を含めみんなから色々なことを教わってなんとかやっていけるようになりました。パス一つ聞いてもそれぞれ違った教え方で、とても個性的で面白かったです。色々な人がいる事もラグビー部の良いところだと思います。
この2年を振り返っても沢山の怪我をしました。
ラグビーをする、と言う事は怪我と付けあっていく、と言う事でもあります。怪我をするたびに、ラグビーもウェイトもできなくなり何もかもがリセットされるような気分になったこともあります。
しかし、実際に振り返ってみるとそんな事はありませんでした。
怪我が多くても日々の練習で進歩を感じる事ができたし、怪我前にはこんなプレーできなかったな、と感じる事もありました。ウェイトなんてその時は弱くなったと感じるけど、ちょっとやったら戻ります。
もちろん一番良いのは怪我をしない事だけど、怪我をしてもなるべく早く切り替えてその時にできる事をしておけば大丈夫です。
自分の場合は本当に何もできない時にはコンタクトの技術について考えていました。復帰した時にもっと強くなるために。
今思えばパスとかステップとかもっと他に考えないといけない事はあった気がしますが。
こんなに怪我をするとわかっていても続けてしまうのがラグビーの恐ろしさですね。トライをした時や、ジャッカルできた時、良いタックルができた時、相手を弾き飛ばした時。これらの時に得られる快感と興奮、そして味方からの歓声。あの瞬間のためにラグビーをしていたんだなと今感じています。
最後になりますが、これまで支えて頂いた皆さんありがとうございました。
宮崎翔一
僕は去年のクリスマスイブにラグビーを引退しました。本当はもう少し出たかったけど。ただみんなの記憶に残せるようなプレーができてよかったです。
もうタイムツリーの練習メニュー更新の通知に怯えながら一日を過ごし、40分もかけて通勤をし、筋トレ中に他のFWより扱っている重量が軽いことに引け目に感じることもないと思うと少し寂しいような、やはり嬉しいような気持ちがします。
この一年はほぼAチームに入らせていただきましたが、四年間のなかで長い時間をBチームで過ごした僕にとってAチームは恐ろしいところであり僕にとって難しい場所でした。Bチームにいたほうが良いと思った時もあります。それは単にBチームに人がいっぱいいて休める時間があるからだとか、AチームでミスをしたらWナベ君やOツル君に、(こいつあかんわ)みたいな目に怯えないといけないからでは決してないです。ないと信じたい。BチームにとってAチームは一番の超えるべき目標でありゴールです。Aチームは他大学の人と試合をするわけですから、練習中は想定の相手に過ぎません。でもBチームは常に目の前に倒すべき対象がいます。だから今Bチームでモチベが上がらず腐りそうな人はAを倒すことだけを考えてほしいです。BにとってAがフラストレーションがたまってる顔や怒られているところほど気持ちいい映像コンテンツはないからです。普通の練習はAを倒すための練習に変わり、そんなBの姿勢がチームの底上げにつながると思います。
あくまで個人の見解です。部に残る皆さん、4年間は長いです。メンタルの持ち方はすごく大事なのでできるだけ早い時期に、つらい練習を乗り切るマインドを作ることをおすすめします。
最後になりますが指導していただいた監督、コーチ、ご支援くださったOB・OGの方々本当にありがとうございました。
横山ルイ
小学生の頃に映画「鴨川ホルモー」を見て京大に関心を持ち始め、京大を目指し始めた中学生時代。高校入学以前にスポーツ経験なしで始めたラグビー。そのラグビーの魅力に惹かれ、京大を目指していたこともあり、漠然とでしたが「京大ラグビー部」に入りたいと思い始めました。高校卒業後は順風満帆とはいかず、京大合格に3年も費やしてしまいました。そこから4年間ラグビー部で活動しました。今振り返ってみるとすごく長くて濃い時間だなと感じます。大学在学中に大きな怪我もしたし、コロナにも悩まされました。大きな困難にも立ち向かった時間でもありました。でも、全ての困難が自らの経験に変わり、人生がより良いものになったと感じています。また、大きな喜び、達成感を味わえた4年間だなとも思います。試合に勝ったときとか、北川コーチの練習を乗り越えたときとか。また、4年間で得られたものはたくさんの経験だけではありません。それは苦楽を共にした「好敵手(友達)」です。練習ではバチバチに体を当てあう一方で、オフでは飯に行ったり、カラオケとかボーリングとかしたり。部員一人一人がなくてはならない存在でした。感謝してもしきれません。最後になりましたが、京大ラグビー部の一員として充実した4年間を過ごせたのは、もちろん同期、後輩、監督、コーチの方々、そして数多くのOBの方々のおかげです。本当にありがとうございました!
高原彰吾
一昨年度、秩父宮ラグビー場で4回生として迎えた最終戦・東京大学との定期戦に敗戦した夜、敗戦の屈辱,チームメイトへの感謝,水野組解散の悲哀,ラグビーからの解放感と様々な感情が湧き出てきました。その中でもラグビーからの解放感は特に大きく,これで晴れて引退できると思ったものです。
しかし京都に帰り冷静になったときに突きつけられたものは,Bリーグ5位,東大戦敗戦という現実だけでした。悔しい結果に切歯扼腕し,悶々としながらも,「まあ受け入れて次の目標に向けて頑張るしかないか」と切り替えようとしていました.
そんな年明け,個人的に親交が深く次年度の主将を務める渡邊が,「俺キャプテンとして〜〜して、〜〜なチーム作って,〜〜な結果出します!」「来年〜〜しようと思ってるんですけど,どう思いますか?」とキラキラ笑顔と溢れんばかりのワクワク感で無自覚に私の悶々感情をえぐり散らかし,加えて「留年するくらいなら一緒にやりましょうよ!」と声をかけてくれました。悩みに悩みましたが,自分も彼の様にラグビーでもう一度ワクワクしたい,4年間過ごして初めて分かった課題感をもってこそ出来る貢献をチームにしたいという思いから、チームに残らせてもらうことを決心しました。私の先輩である宮田墾さんが当時既にしれっと6年目の在籍を決心しているという心強い情報をキャッチしていることも大きかったです。
長くなるのでこの場で今年1年を振り返るようなことはしませんが,結果として、渡邊組はここ最近で最も入れ替え戦に近づいたチームになりました。またそういうチームになったからこそ生じたチーム運営上の課題にも直面しました。今年の結果に満足のいかない4年生は多いと思いますが、しかし間違いなく京大ラグビー部のレベルをまた1つ押し上げた、そんな一年間でした。そんなチームの一員として在籍できて本当に幸せに思います。ほとんど同期のように受け入れてくれた4回生,そしてチームメイトの皆には本当に感謝しています。本当にありがとう。
常に主体的に行動する、挨拶や清掃の凡事徹底、先を読んで動く、やったろや魂などなど、京大ラグビー部での活動を通じて学んだ点は枚挙にいとまがなく、人間としての以呂波を教えてもらった気でいます。ここで学んだことは、この先の人生においても必ず役立つものであると今から確信しています。本当にこのチームで大学生活を過ごせて良かったです。後輩の皆さんにも、部活動を通じて1つでも多くのことを学び取るという意欲、そして常に楽しんでやるという心、それをもって高い目標を掲げ、ワクワクドキドキな毎日を過ごして欲しいと思っています。まだそんなチャンスと時間があるのが羨ましいです。
最後になりますが、監督団、OB の方々、保護者の方々、多大なるご支援ありがとうございました。皆様の存在無くして、このチームの活動は有り得ません。これからは同じく支援する側に回らせてください。このチームでの経験を糧に、これからも精進し続け、自らの人生を切り墾いていきたいと思います。