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2026

ス○ッチャーズ

北原くんから受け取りました越智です。はじめに彼のブログの草案を見たときは狂気で背筋が凍りました。





ぼくはすきなくつがあります。そのなまえはスケッ○ャーズ。じもとのくつやさんで買いました。コン色でかっこよくて、ワクワクしながらブカツにはいていきました。


???『なんやその靴ダッセェー!!www』

??『オチ、その靴履いてくるのやめてくださいwww』


!?


1.2.3.4.5.6…


ふぅ。書いていてあまりの怒りに思わずアンガーマネジメントしてしまいました。越智氏はこの事件で大変悲しみ(いじってもらえて嬉しそうだったという目撃談もあり)、なぜ『ダサい』という烙印を押されてしまったのか深く考察することにしました。


なぜ『ダサい』のか


仮説1. ス○ッチャーズの機能美

筆者がこの靴を気に入っている最大の魅力は靴紐がないこと。スリッパのようにスポッと足を入れるだけでフィットします。怠惰な筆者にとって毎日の『しゃがむ→蝶々結び→立ち上がる』という実質フルボトムスクワットのルーティーンから解放されるのは非常に魅力的であると感じるのです。

しかし、この機能美が、逆にイメージを悪化させている可能性もあります。例えると、万年筆とボールペンの関係です。ボールペンは既存の万年筆のインクにつけるという作業を省略した機能美を体現した製品ですが、現代においては万年筆とボールペンどちらがオシャレで高級かと言われると前者です。葉巻とタバコなどもこの関係でしょうか。手間がかかるものの方が逆にかっこいいと思われる現象を、筆者はマーケティングを真面目に学ばなかったので正式名称があるのかすら知りませんが、勝手に『俺、ちゃんと手間かけれてて、イイ感じ????現象』(OCHI現象)と名付けさせていただきます。


仮説2:シンプルに履いているやつが悪い。

仮説1ではダラダラと書きましたが、多分こっちが真因でしょう。どうやら筆者には機能美には感動できるのですが、感覚美(ファッションセンス)のアンテナは皆無というか、かなり常人からずれているのは事実でしょう。今思えば、京大経済学部で真っ赤なパーカーを常習的に身に纏っているのは自分か、有名な学歴愛好家の方だけでした。だから靴が越智をダサくしているのではなく、『オチが履いているからダサい』という逆の因果関係が成立している可能性もあります。


仮説3 :みんながダサいと言っているから便乗している

筆者が1番懸念しているのはこの線です。情報社会の現代において、みなさんは自分の中の何がダサいかそうでないかの感覚を磨けているでしょうか。少数のファッションリーダーがかっこいいと言ったらそれを買い、ダサいと言ったら嘲笑する。それは情報社会の奴隷なのです。冷静に考えてみてください。バナナマン日村さんがCMを務めるこの靴が、そんなにダサいものであるわけがないでしょう。


ここまで書いて実感したのは、自分のスケチャー○への深い愛です。皆さまの愛ある指摘は越智の反骨精神の火をつけました。次の靴は最高にかっこいいスケッチャ一’sを購入し、京大ラグビー部に新たな潮流を巻き起こして見せましょう。

(このブログはフィクションです。)

(特定のブランドを批判する意図を含んでいません。なんなら筆者は非常に愛しています)


次はレフェリーになって帰ってきた吉本です。彼がリーグワンで笛を吹く姿が今から楽しみです。



コメント
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MM
2026-07-04 00:05:04

高原コーチもスケッチャーズ履いてはる。